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zoom RSS 一生逸品 REALE ACCADEMIA DI MUSICA

<<   作成日時 : 2009/04/26 14:55   >>

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 先回予告した通り、新年度4月の「一生逸品」栄えある一番手は久々の書き下ろしでもある。
 文字通り栄華を極めた70年代イタリアン・ロックにおいて、燻し銀の如き秘宝級にして今もなお眩い輝きを放つ至高の名作・傑作と誉れ高い“レアーレ・アカデミア・ディ・ムジカ”がバンド名義で遺した唯一の作品を取り挙げたいと思う。
 春から初夏へ、木々の新緑が芽吹く時節柄に実に相応しい、イタリアという風土と自然の香り、優しい空気の中に時折憂いを帯びた魂の調べに触れてみようではないか。

REALE ACCADEMIA DI MUSICA/Same(1972)

画像     1.Favola
     2.Il Mattino
     3.Oguno Sa
     4.Padre
     5.Lavoro In Citta
     6.Vertigine

 冒頭で触れた通り、栄華を極めた黄金時代の70年代イタリアン・ロックシーンにおいて、1972年は特に大きな転換期を迎えた非常に重大な意味を持つ時期だった様に思う。
 現在でも尚大御所のPFM始めバンコが華々しくデヴューを飾り、フォニット・チェトラからニュー・トロルス『UT』、オザンナ『Milano Calibro 9』、デリリウム『Lo Scemo E Il Villagio』といった珠玉の傑作が誕生し、当時の活況著しいシーンの熱い流れに呼応するかの如く…ラッテ・エ・ミエーレ『Passio Secundum Mattheum』、イル・バレット・ディ・ブロンゾ『YS』、RDM『Io Come Io』、オルメ『Uomo Di Pezza』、果てはクエラ・ヴェッキア・ロカンダ、イル・パエーゼ・ディ・バロッキ、R.R.R…etc、etcが次々と輩出され、後年から現在までに至るイタリアン・ロックの脈々たる流れ・礎ともなるべきアイデンティティーが確立されたと言っても過言ではあるまい。
 今回本編の主人公レアーレ・アカデミア・ディ・ムジカも、そんなイタリアン・ロック黎明期の熱い時代に、華々しさとは無縁でありながらも、ひっそりと佇む一輪の花の様にデヴューを飾った名グループと言えよう。
 1970年にリコリディから唯一のシングルを遺したプログレ・ハード系でイルバレや初期RDMに近い、I FHOLKSのKey奏者だったフェデリコ・トリアーニを中心に結成され、72年に同リコルディから唯一のバンド名義の本作品を遺している。
画像     
     
     Federico Troiani:Key,Vo
     Nicola Agrimi:G
     Pierfranco Pavone:B
     Roberto Senzasono:Ds
     Henryk Topel Cabanes:Vo

 大昔、辛口批評が好きな地元のプログレ仲間曰く、“クラウス・ノミ(故人)みたいなマリオネット(!?)”ながらも、実に印象的なイタリア然とした味わい深いカヴァーに彩られた本作品。
 “プログレはジャケットが命”と同様、“カヴァーアートがバンドの音楽を表わす”の言葉通り…何とも摩訶不思議なイラストレーションが、彼等レアーレの描き出す音世界が醸し出す映像的な視覚効果に一役買っていると言ったら言い過ぎだろうか。
 本作品の聴き処は、やはり何と言ってもKey奏者にしてバンドの要とも言えるフェデリコの流麗にして劇的、リリシズム溢れる演奏の中にもヘヴィでブルーズィーな翳りと憂いさを湛えたピアノとオルガンに尽きると言えよう。無論、ギターを始めリズム隊の堅実なプレイに、バンドの音色を鮮やかに彩るかの様に切々とした哀感が込められたヴォーカリストの歌いっぷりも忘れてはなるまい。
 5人のメンバーの他、2名のゲストギタリストに加えオーケストラをバックに配し、約40分に亘るレアーレの音世界の旅は幕を開ける。
 リリカルなアコースティック・ギターの重奏にオルガン、メロトロン、オーケストラが畳み掛ける様に優しい調べを奏でる冒頭1曲目に深い感銘を受け、作品中最も一番の聴き処ともいえる2曲目は、フェデリコの劇的にしてイタリアの慕情、喜び、悲しみを絵に描いた様なピアノはまさしく落涙必至と言えよう。この名曲“Il Mattino”無くしてレアーレは語れないと言わしめる位に、恐らくはイタリアン・ロックの名曲5本の指に入ると言っても異論はあるまい。
続く3曲目は一転して仄かに明るめで純粋なイタリアン・ポップス感覚に裏打ちされた佳作。ここでもフェデリコのピアノが聴きものである。画像
 4曲目(旧LP盤ではB面1曲目に当たる)はVDGGを彷彿とさせる荘厳なクラシカルさとヘヴィでブルーズィーな哀愁を纏ったオルガンが胸を打つ。追随するかの様にヴォーカリストのヘンリクの切々と語りかけるヴォイスも良い。
 作品の中でも異彩を放つ5曲目は、抑揚の無い無感情なヴォイスとややアヴァンギャルドさが加味された前半と、カンタウトーレ的な歌物に相通ずる牧歌的な後半との対比が面白い。
 飾るラストは元々プログレ・ハード系が出発点だったフェデリコの荒々しさを強調した鍵盤系の演奏が素晴らしい。迫る不安と緊張感を暗示するかの様な、ミステリアスな雰囲気漂う展開はレアーレ=フェデリコ・トロイアーニの面目躍如とも言えよう。馬の蹄が立ち去るかの様な得も言われぬ不思議な効果音で幕を閉じる、まさにほんの僅かな隙すらも与えない…牧歌的で郷愁と哀愁を湛えつつも、適度な緊張感を兼ね備えた珠玉の逸品と言えよう。

 バンド自体はほんの僅かにしてたった数回のギグを行った後に、ギター、ベース、ヴォーカリストが去り、この当時の時点で実質レアーレはフェデリコとドラマーのロベルトの2名という少数精鋭にとどまった次第である。
 この二人によるレアーレは後の74年、カンタウトーレでギタリストのアドリアーノ・モンテドゥーロとの連名共作でまたしてもイタリアン・ロック史に燦然と残る名作を遺す事となる。ここでもフェデリコのピアノの調べは(良い意味で)相も変わらず流麗で美しく奏でられている…。
 この共演作品を境に、レアーレは僅か2年という短いサイクルで幕を下ろし、残ったフェデリコは77年に往年のレアーレを彷彿とさせる演奏とヴォーカルでカンタウトーレ系のソロ作品を発表する。その他にも彼名義の作品が2枚確認されているが、流石時流に合わせたかの様な、これといって掴み処やハッとする様な印象は皆無みたいだ…。
 フェデリコ自身も御多分に洩れず、スタジオ・ミュージシャンないしポップシンガーのバックを渡り歩くといった裏方へと回ってしまったみたいだ…。何とも寂しい限りではあるが。

 締め括りの最後に…我々が思っている以上に70年代イタリアのワンオフ的な短命バンドは、その当時は(失礼ながらも)結構な話題と人気を博していたみたいだ。右上の1972年発行のイタリアのロック&ポップス専門誌『CIAO 2001』10月号で、ちゃんとしっかり子豚を抱いたレアーレの面々が表紙を飾っているから驚き!
 与太話ついでに、皆さんは覚えてらっしゃるだろうか?洋式トイレの便座を模したジャケットが人気のカンタウトーレ“フンカ・ムンカ”の唯一作『Dedicato A Giovanna G.』も、一時期あれはフェデリコの変名ではないかという噂があった事も付け加えておく。(本当はアノニマ・サウンド・リミテッドのKey奏者ロベルト・カルロの変名)。
 今回の「一生逸品」を綴ってて、そんな何とも笑い話じみた昔の思い出が甦ってきた。改めて、微笑ましくも良い時代だったよなァと思った。
 
 

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