夢幻の楽師達 -Chapter 63-

 今年最初にして年度変わり…否!平成という年号ではこれが最後の「夢幻の楽師達」をお届けします。
 激動の30年間だった平成という時代も残すところあと一ヶ月少々、思い起こせば私自身も一時期プログレッシヴ・ロックに疲弊し食傷気味となって、ほんの一時的とはいえ暫く離れてみたりと、それこそ試行錯誤と紆余曲折の暗黒の如き時期を送った事が多々ありました。
 でも、結局のところプログレッシヴから一時的に離れてみると、不思議なもので心機一転で復帰してみると以前よりも増してプログレッシヴ・ロックが好きになっていた自分に気付かされたものでした。
 もともと他ジャンルの音楽に歩み寄ったとしても、やはりプログレッシヴ寄りだったりとか心の片隅のどこかでプログレッシヴと繋がっていたりの繰り返しで、少年期の頃から形成されたプログレッシヴへの思いというか愛情が太い根っことなって自らの心の根幹を形成していたのかもしれません。
 
                自分には帰れる場所がある…。

 兎にも角にも良し悪しを抜きに平成という時代は私にとってプログレッシヴ・ロックに対する様々な思いと葛藤、愛情が交錯するという試練にも似た思い出深くも忘れ難い時代であった様に思えてなりません…。

 去りゆく平成という時代から新たなる年号の新時代、私自身も激動の30年間という時間と日々を振り返り噛み締めながら、来たるべき新年号時代に備えて気持ちを強く持ってプログレッシヴ・ロックに対する思い入れを頑なに保持し大切にしながら、更なる音楽人生を歩んで行きたいと思う次第です。

 今回の平成最後を飾る「夢幻の楽師達」は、70年代フレンチ・ジャズロックシーンに於いて自らの信念に基づいて唯一無比の音楽世界を構築し、一時代を駆け巡って行った稀代の才能集団として誉れ高い、21世紀の今もなお根強い支持と人気を得ている“トランジット・エクスプレス”に今再び栄光のスポットライトを当ててみたいと思います。

TRANSIT EXPRESS (FRANCE 1975~1977 )

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 70年代フランスのプログレッシヴ・ロックは極端な話で恐縮であるが、サイケデリックでトリップミュージックな多国籍チームのゴング、そしてエレクトリックでヘヴィなアヴァンギャルドの先鋭エルドンを例外として、アンジュを筆頭としたロックテアトル(=シンフォニック系)とマグマを筆頭としたフレンチジャズロックという、両2つの流れにシーンの均衡が保たれていた様に思えてならない。
 ことジャズロックにあっては、先にも触れたマグマ、そして追随するかの如くザオやエディション・スペシャル、コルテックス、今回本篇の主人公でもあるトランジット・エクスプレス、マグマから派生したヴィドルジュ、単発バンドながらも独特の個性を遺したハニーエルクにデュン、ネオ…etc、etcを輩出し、時代の推移に伴いフレンチジャズロックは作風及びスタイルやらカラーを含めてヘヴィからライトな感覚へと様変わりしつつも、21世紀の今もなおフレンチジャズロックの系譜は時代に呼応した形で生き続けていると言っても差し支えあるまい。

 古今東西、サウンドのジャンル云々問わずソロ・アーティストのバックバンドから転身して自らの音楽性で勝負し世に羽ばたいたバンドは幾数多も存在するもので、顕著なところでイタリアはルーチョ・バッティスティのバックを務めたPFM然り、ポーランドはニーメンのバックバンドだったSBB(当時のバンド名の意はシレジアン・ブルース・バンド)、そして今回のトランジット・エクスプレスもフレンチ・シンガーソングライターの大御所イヴ・シモンのバックバンドからその経歴をスタートさせた次第であるが、元々はかのシモンが設立したトランジット・プロダクションに所属していた個々のスタジオ・ミュージシャンの集合体でもあり、シモンの鶴のひと声でトランジット・エクスプレスに命名されたのは有名な話である。
 ちなみにトランジット・エクスプレスは作家としての顔も持っていたシモンの同名小説のタイトルから取ったもので、あたかもシモンのワンマンぶりが垣間見えるものの、裏を返せば今風で言うファミリー企業みたいなものだったのかもしれないが…。
 とは言え、バンドのメンバーだったSerge Perathoner(Key)始め、Christian Leroux(G)、Jean-Claude Guselli(B)、Domonique Bouvier(Ds)の4名とも、演奏技量から実力に至るまで各個とも申し分無い位に名うてのプレイヤーでもあり、シモンが見込んだだけの折り紙付きであったのは言うには及ぶまい。
 トランジット・エクスプレスとして数年間にも及ぶシモンとの共同作業と演奏活動で、オーディエンス含む各方面からの好評価(高評価)な手応えを感じていたバンドサイドの面々に対し、シモン自身“そろそろ…(4人だけで)演ってみるか”と言ったかどうか定かでは無いが、またもや鶴のひと声の如く英断を下し、彼等は程無くしてシモンと同じくRCAより1975年『Priglacit』で鳴り物入りのデヴューを飾る事となる。
                 
 オープニングの銅鑼の厳かな一打で幕を開ける本デヴュー作、当時の流れでいうマハヴィシュヌ・オーケストラ始めリターン・トゥ・フォーエヴァーを意識した作風が成されており、同国のマグマの様な重苦しさを帯びた旋律とは無縁な、過去のフレンチジャズロックが内包していた概念云々が微塵にも感じられない、あくまで一線を画した
ワールドワイドな視野をも見据えたであろう…ヘヴィながらも流麗でキャッチーさが垣間見える比較的耳障りの良い聴き易くて、ヨーロピアンなインテリジェントさとオリエンタルなエキゾティックさがせめぎ合うといった感すら抱かせる好作品に仕上がっており、全曲トータル30分にも満たないといったマイナス面こそあるものの、変化に富んだ粒揃いの小曲で固めたが故に作品全体の濃密さが逆に際立って徹頭徹尾隙の無い音空間の構築に成功していると言っても異論はあるまい。

 各方面での高評価に加えセールス面でも予想を上回る好結果を得たデヴューアルバムに手応えと確信を得た彼等は、これを絶好の機にとばかり気運の上昇の波に乗るかの様に矢継ぎ早のペースで次回作への構想に着手する事となる。画像
 翌1976年にリリースされた、まさしく前作以上に更なるプログレッシヴ色を強めたタイトル通りの2nd『Opus Progressif 』は、良い意味で前デヴュー作の延長線上という作風でありながらも、それにあり余る位に加味されたサウンド面での更なる強化と厚みを与えた効果が功を奏し、格段なるステップアップが窺い知れる傑作へと押し上げる成果となって、もはやかつてのイヴ・シモンのバックバンドというイメージと面影からは完全に脱却した、完全なるトランジット・エクスプレスという一個体の音楽として成立し、ある種エポックメイキングな趣と意味合いすらも想起出来よう。
 何よりもサウンドの強化を図る上で終盤2パートに分かれた「Opus Progressif」に於いて、アメリカ人ジャズヴァイオリニストのDavid Roseをゲストに迎えた事によって、この邂逅が彼等にとって更なる進展と大いなる飛躍となるのはもはや時間の問題では無かった。
 こうして当初はDavid自身ゲスト参加としてのクレジットであったが、2作目リリースと時同じくして画像5人目の新たなるメンバーとして迎えられ、その事がトランジット・エクスプレスにとっても更なる新機軸の原動力となった次第である。



     Dominique Bouvier:Ds, Per
     Jean-Claude Guselli:B
     Christian Leroux:G, Syn
     Serge Perathoner:Key
     David Rose:Violin





 ちなみに余談ながらも…彼等の2ndアルバムの意匠について、リリース当時フランス本国のジャケットデザインとアメリカ並び日本でリリースされたデザインが異なるのは概ね御存知かと思われるが、オリジナルフランス盤のデザインは夕陽の荒野にポツンと佇む一軒家をバックにDavid Rose抜きの(あくまでゲスト扱いだったが故に)4人のメンバーの顔がプリントされているといった極々単純明快な意匠だったが、まあ…あくまで主観の違いというかパッと見あまりにも芸の無いというのも失礼な話ではあるが、インパクトに欠ける嫌いもありアメリカサイドにしてもジャケットにDavid抜きというのもあんまりじゃないかといった事を配慮してか黒地の地味ながらも夕陽のハイウェイを描いたジャケットに変更し、当時日本のRCAサイドも右に倣えとばかりにアメリカデザイン版を採用してしまったというのも何だかなァと思えてならない(苦笑)。
 後年マーキー/ベル・アンティークからリイシューされた紙ジャケットSHM‐CDはオリジナルフランスデザイン版を採用しているが、鶏が先か卵が先かではないが…海外のプログレッシヴ・ロック専門の有名検索サイトPROGARCHIVESでもアメリカデザイン仕様が一般的に流通・認知されているといった具合で、まあ当方の幻想神秘音楽館も右に倣えとばかりにアメリカデザイン流通版を敢えて採用に至った次第である…。
 無論御意見、御指摘、お叱りや批判、イチャモンは甘んじて受ける所存ではあるが、出来ればここは大目に御容赦願いたいところである。
                 
 話が些か脱線気味になってしまったが、話を再びトランジット・エクスプレスに戻したい。
 デヴュー作『Priglacit』をホップ、2nd『Opus Progressif』をステップとするならば、1977年にリリースされた3rdにして名実共に彼等の最高傑作でもありバンドとしてはラストアルバムとなってしまった『Couleurs Naturelles』こそジャンプアップに相応しい、画像それこそ前年リリースされたザオの『Kawana』と並ぶフレンチ・ジャズロック、否!ユーロロック史上に燦然と輝く名作名盤となったのは言うに及ぶまい。
 ここでは紛れも無くフレンチ・ジャズロックやらクロスオーヴァーといった概念をも遥かに超越した、シンフォニック色あり、現代音楽、民族音楽、コンテンポラリー、時代を先取りしていたかの様なニューエイジ風、エレクトリック風味なファンキーさまでもが加味・内包された、さながらマハヴィシュヌも然る事ながら、ブランドX、アルティ・エ・メスティエリ、果てはウエザーリポート並みに肉迫する位の音の圧というか緩急自在なメロディーライン、リリシズム、ダイナミズム、メンバー各々の個性と演奏技量が光る、バンドが渾然一体となった究極たる音楽の結晶そのものと言っても過言ではあるまい。
                 
 …が、最高傑作の3rdをリリースしたにも拘らず、これからの更なる飛躍が期待されながらも、そんな周囲からの期待を余所に、彼等はあたかも何かしらを悟ったかの如くトランジット・エクスプレスとして演れるべき事を演りきって出せるべきものを全て出し尽くしたといわんばかりに、突如バンドの解体を決意する事となった次第であるが、皮肉とでもいうのか運命の悪戯とでもいうのか折しも彼等の所属していたトランジット・プロダクション自体も経営難の悪化に拍車をかけた閉鎖直前という風前の灯に差し掛かっていたというのだから何ともはやである…。(まるでワンマン経営やらファミリー企業の悪循環みたいなものである)
 トランジット・プロダクションの終了・倒産以後、メンバー各々が個々の活動を見い出してそれぞれの道程を歩み出す事となるのだが、唯一ヴァイオリニストのDavid Roseのみがバンド解散と前後して1977年GRATTE-CIELレーベルよりソロアルバム『Distance Between Dreams』をリリースし、トランジットの3rd『Couleurs Naturelles』と並ぶ傑作として高い評価を得る事となるが、Davidのバックをかつてのトランジットのバンドメイトが脇を固め、更にはザオのメンバーを含む数名のゲストプレイヤーを迎えた、実質上はトランジット・エクスプレスの4作目に相当するものと思って差し支えはあるまい。
 2年後の1979年にはDavid Rose自身がリーダーとなってトランジット時代の盟友Serge Perathonerを始め多彩な顔ぶれのメンツを集めたROSEなるポップテイストなジャズロックバンドを結成しRCAより唯一作を発表し、以降はBLUE ROSEと改名し徐々にポップサイドにシフトした形で活動を継続させていくが、プログレッシヴ関連には不向きな作風となってしまったのが何とも悔やまれる。
 余談ながらSerge Perathonerはマグマの名ベーシストだったJannick Topとコンビを組んで数枚のアルバムをリリースし、Serge自身も年輪を積み重ねて現在もなおフレンチミュージック界の重鎮として現役の第一線で多方面に亘って活躍中である。
 
 21世紀昨今のフランス国内のプログレッシヴ・ムーヴメントは概ね大半が、かつてのアンジュやピュルサー、アトール、タイ・フォンといった70年代組の大御所達が牽引し、それに連なるかの如く若手のメロディック・シンフォ系ネオ・プログレッシヴが台頭しているといった様相で、一方で肝心要のジャズロックにあっては唯一マグマのみが孤軍奮闘し気を吐き続けているといった何とも些か寂しい限りである。
 もう、かつてのザオやトランジット・エクスプレスの様な血湧き肉踊るかの様な、エネルギッシュでアグレッシヴな伝統のフレンチ・ジャズロックスピリッツを持った期待の新鋭に出逢える事は叶わないのだろうか…。
 ザオと同じ軌跡よ今再びとばかりにトランジット・エクスプレス復活という夢物語にも似た思いを願ったところで、結局は不可能でもあり徒労に終わるのがオチといえるだろう。
 
 まあ、それが喩え将来的に徒労で終わったとしても、これからの新時代に相応しい…まさしく次世代を担う伝統のフレンチ・ジャズロックの未来を担う有望なる新星の登場だけは信じて止まないのが正直なところである。

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