夢幻の楽師達 -Chapter 3-

 7月の「夢幻の楽師達」…今回は夏という意味合いで納涼に相応しく“夢幻”というよりも“悪夢”という代名詞に相応しい、稲川淳二よろしくダークにしてホラーな趣と怪奇色を全面に打ち出しつつ、20世紀末のプログレッシヴ・シーンに一躍躍り出、90年代のシンフォニック・ロックを漆黒の闇で彩り席巻した稀代のカリスマ“ミスター・ドクター”を筆頭とした邪悪音楽秘密結社“デヴィル・ドール”が、いよいよ満を持しての登場と相成った。

DEVIL DOLL (ITALY/SLOVENIA 1987~ ? )

画像 デヴィル・ドールの結成並びその活動経緯に至っては、過去何度かに亘って…マーキー誌のVol.046(1993年2月刊行)の「特集シンフォニックロック最前線」、並びベル・アンティークからリリースされた国内盤仕様CDのライナーにて紹介され、ある程度の全貌が明らかにされたものの、それでも未だにどこからどこまでがフィクションなのかノンフィクションなのかが判別出来ない有様である(苦笑)。画像
 先に述べたマーキーVol.046にてデヴィル・ドール主宰の自主レーベル“ハーディー・ガーディー”、そしてファンクラブ関係者からの書き下ろしヒストリーを田中裕生氏訳で紹介されたものの、その複雑怪奇にして迷宮の如き錯綜したバンド史において、ますます頭の中がこんがらがりそうな読者も多かったと記憶しているが、ファンクラブ自体も(悪意こそ無いが)敢えてワザと複雑な文章でバンド・プロジェクトそのものを目眩まししている、そんな意図も感じられると言ったら言い過ぎだろうか?
最も謎とミスティックなのは…リーダーのミスタードクター始めバンドのメンバーには絶対直接インタヴュー出来ないという事。さながら、日本の芸能界みたく“事務所を通せ!事務所を!”の如く、インタヴュー自体もファンクラブ経由でFAX解答のみが送られてくる有様だから、公に人目に触れる事も晒される事も無いまま、今日までバンド或いはプロジェクトとして徹底した秘密主義を貫き通している点で、非常に特異で稀有な神々しさ(良く言えば神秘的、悪くいえば怪しい、きな臭い、胡散臭い)が、20世紀末の最後のカリスマとまで言わしめた所以であろうか。

 前置きが長くなったが、今回の本編にあっては、過去デヴィル・ドール名義で世に送り出された4枚の作品を通して遡る…所謂、回顧録形式で綴っていきたいと思う。(映画のサントラ関係及びメンバーのソロ関連は簡単な紹介ないし敢えて省略しますので、御了承願います)
 ちなみに、毎度恒例の各パーソネル・各メンバーの列挙にあっても、今回ばかりは非常に大多数のメンバーの出入りが激しいだけあって、複雑極まるところを加味して今までの全作品に参加した全てのフルメンバーを挙げておきたい。   
画像   Mr.Doctor:Voice,Piano/Bor Zulian:G,B/Alberto Dorigo:G
   /Edoardo Beato:Key/Roberto Dani:Ds
   /Daniele Milanese Patuzzo:Cello/Katia Giubbilei:Violin
   /Saso Okujuk:Violin/Michel Fantini Jesurum:Organ
   /Davor Klaric:Key/Lucko Kodermac:Ds
   /Rick Bosco:B/Paolo Zizich:Backing-Vo
   /Francesco Carta:Piano/Damir Kamidoullin:Cello
   /Saso Polenjuk:Violin/Matej Kovacic:Accordion
   /Sasha Olenjuk:Violin/Roman Ratej:Ds/Jani Hace:B
   /Drago:Accordion/Norina Radoven:Soprano
                …with DEVIL CHORUS


画像 ミスタードクターの最初の企てにして、事実上デヴィル・ドール名義の最初の作品となる『The Girl Who Was Death』は、後の大掛かりにして大仰な作風とはやや異なった幾分本来のロック寄りな傾向の作品と言えるだろう。
ファンクラブが語るところの…バンド結成とも取れる1987年11月のライヴにて、ミスタードクター始めEdoardo Beato、Alberto Dorigo、Marco Carpenesi(後に脱退)の4人編成でデヴィル・ドール暗黒のヒストリーとベールは幕を開けた。
翌88年、3人のスロヴェニア人ミュージシャン…Bor Zulian、Davor Klaric、Lucko Kodermacを迎え、当時においてまだ政情不安とも言えるスロヴェニアはチボリ・スタジオにて、最初の録音ともなった幻のデヴュー作とも取れる『The Mark Of Beast』の製作に臨むも、ミスタードクター曰く“題材に魅力無し”と言わんばかりにいとも簡単にマテリアル放棄と同様に切り捨てられ、予算も削減(消滅 !?)させられた形で手書きのジャケットとたった1枚のみのプレスだけで止まり、事実上最初の企てはもろくも崩れ去った結果に終わった。
 思惑の相違…誤解…挫折といった諸々の試行錯誤と葛藤を辿りつつも、数ヵ月後ミスタードクターは1967年~1969年にイギリスBBCで製作されたテレビドラマ“The Prisoner”をモチーフにした作品を発案。それが実質上のデヴュー作にして最初の企てともなった『The Girl Who Was Death』である。
ミスタードクターの創作の命題/テーマともいえる聖人と犯罪者、天使と悪魔、光と闇、善悪の二律背反、道徳心の限界、ジキルとハイド…等といったインスピレーションが余すところ無く反映された文字通り悪魔の降臨に相応しい邪悪にして壮麗なシンフォニックがここに誕生した、まさに…後年のプログレッシヴ、シンフォニックロックの新たな方向性、後のHM/HR(ゴシック、ブラック、メロデス、ドゥーム系)に与えた影響たるや今や計り知れないところであろう。
何よりも…ミスタードクターがサイレント時代~50年代のモノクロなホラームービーを嗜好していた事が良い意味で相乗効果を生み出し、デヴィル・ドールの全作品に共通する“モノクロがもたらす不気味な恐怖感”が音とイメージ的にも反映されているルーツが既に本作品で確立されているのも特筆すべき点でもある。惜しむらくは…デヴュー作が限定500枚プレスのLP盤のみだったのが悔やまれるが、それも後の成功で再プレスないしCD化され、バンドヒストリー上さほど大きな障害にもならなかったのが幸いだった。
画像 翌89年、悪魔達に最大級の転換期が訪れる。かのオパス・アヴァントラのリーダーにしてコンポーザーでもあるアルフレッド・ティッソコが興したARTISレーベルから2作目をリリースしないかとの打診が寄せられたのである。互いにロックという媒体を通じて自己の芸術表現を志す者同士、順調に歩み寄り契約にサインする寸前まで至ったものの、原因は定かではないが結局諸般の事情で契約は解消・破談で終止した。
それでも悪魔達の破滅的にして構築の創作活動は怯む事無く、人知れず暗黒への迷宮を築いていく事となり、89年遂に待望の2作目『Eliogabalus』で一挙に世界的視野へ目を向けたカルト絵巻を世に放つまでに至る。この本作品こそが初めて我が国に紹介された作品でもあり、今後の彼等の命運を分ける分岐点ともなった一枚として記憶に留めている。
筆者自身…当時乱立していた感のあったネオ・イタリアンプログレに少なからず疑念を抱いていた時期でもあり(無国籍的な色合いを出すイタリアン・シンフォもかなり多かった事もあって)、ジャケットを一見した最初の印象として“ああ…またこの手のこけおどしみたいなジャケットでイタリアの新人が出たのか”と高を括っていたのが正直なところで、それほど注目・期待なんぞしていなかったのが本音でもあった。
だが、いざ蓋を開けてみると重低音で陰鬱なシンセに導かれて始まる狂奏曲にいつの間にか惹かれている自分がそこにいた。収録されている“Mr.Doctor”始め“Eliogabalus”にしろ、鏡に投影されるかの如く隠された二面性、自殺をモチーフにしたキーワードがそこはかとなく見え隠れしている騙し絵みたいな趣が反映されていて、前作以上に人間の深層心理に潜む闇に迫った好作品に仕上がっている。

 90~91年にかけては、最早彼等の独壇場ともいうべき悪夢に染まった栄光と禍々しい虚飾に満ちた時代の到来である。画像彼等の最高傑作ともなった『Sacrilegium』と『Dies Irae』の両作品こそ、善悪、神と悪魔、ロゴスとパトス…等を超越した頂の極みに達したオカルティックな中にも甘美なエロティックさと深き悲しみを湛えたメランコリックさが融合した20世紀のプログレッシヴロック史上に残る名作となったのは紛れもあるまい。
ただ…両作品に共通して言える事は、ホラーやオカルトといった題材で巧みにカモフラージュしながらも、“純音楽”としての追求と衝動がひしひしと伝わってくる辺り、初期の頃よりヒューマニズムに歩み寄りつつある感が出てきたと言ったら穿った見方であろうか?
画像 前者においては長年共に活動を企ててきた盟友のEdoardo Beatoが去りつつも初期において活動を共にしてきたオルガニストMichel Fantini Jesurumが再加入した事によって難局を乗り切り、後者にあっては製作の拠点でもあったチボリ・スタジオが火災に見舞われ(悲劇的な自然発火説、テロリストによる襲撃説と諸説様々であるが未だに原因の特定、解決までに至ってない…)、製作途中であった『Dies Irae』のマスターがことごとく消滅し、一時は製作断念にまで追いやられたものの、世界各国の熱心なファンからの嘆願で奇跡的な復活を遂げ再録の末漸く完成に至ったいわく因縁付きの怪作にして最高傑作となったのは周知の事であろう。

…しかし、95年を境にして彼等デヴィル・ドールは突如として新作はおろか活動そのもの自体、嵐が過ぎ去ったかの如く聞かれなくなって久しくなるが、20世紀が終焉を迎え21世紀という混迷と混沌とした現在においても未だに新作アナウンスメントがないまま現在までに至っている次第である。
ファンクラブの所在も不明、ほんの少し前まで存在していた彼等のHPも閉鎖されてしまったとの噂が絶えない昨今にして、当然解散声明もないまま今日までに至っている。
95年を境にして世界を震撼させたオウム事件、北朝鮮の拉致問題、イラク戦争、9.11同時多発テロ、銃乱射事件、通り魔殺人…等、今やホラー映画以上に異常な行動による血なまぐさい事件やら武力紛争が蔓延している時代、
この混迷と混沌に満ちた狂おしい時代を生きる我々を、未だに沈黙を守り続けているデヴィル・ドールそしてミスタードクターの目には一体どの様に映っているのだろうか? 
  

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