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zoom RSS 一生逸品 MODULO 1000

<<   作成日時 : 2016/08/28 14:34   >>

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 2016年8月、熱狂と興奮と感動の渦に包まれ無事閉幕した、南米大陸初のオリンピック…ブラジル、リオデジャネイロ五輪。
 その熱気の余韻が冷めやらぬまま、8月も終盤を迎え季節は猛酷暑な夏から抒情的で感傷的な秋の到来へと移行しつつあります。
 今月の「一生逸品」、そして「Monthly Prog Notes」はリオ・オリンピックそして来たるリオ・パラリンピック開催を記念してブラジリアン・プログレッシヴオンリー月間でお届けしていきたい意向です…。
 「一生逸品」を飾るは、ブラジリアン・プログレッシヴ黎明期だった1970年に、その独特で且つ唯一無比な音世界観と、斜に構えてアイロニカルな毒気をも含んだサイケデリック、ヘヴィロック、スペース&アートロックといった多彩な側面を内包した、21世紀の今日までもなおそのカリスマ性を湛えつつカルト的な神々しさを放ち続ける、ブラジリアン・プログレッシヴ随一の伝説的存在と言っても過言では無い“モドゥロ1000(ミル)”に今再び焦点を当ててみたいと思います。

MODULO 1000/Não Fale Com Paredes(1970)

画像       1.Turpe Est Sine Crine Caput
       2.Não Fale Com Paredes
       3.Espêlho
       4.Lem . Ed . Êcalg
       5.Ôlho Por Ôlho,Dente Por Dente
       6.Metrô Mental
       7.Teclados
       8.Salve-se Quem Puder
       9.Animália

 南米ブラジルのプログレッシヴ・ムーヴメントが瞬く間に注目されたのは、1984年にマーキー誌(当時はマーキームーン)がプログレッシヴ専門誌としてアンダーグラウンド宣言を提唱した頃とほぼ同時期であろう。
 リアルタイムにPFMフォロワーとして一気に話題を集めたバカマルテを皮切りに、クァントゥム、そして80年代プログレッシヴの代表作となったサグラド、更に時代を遡って70年代のブラジリアン・プログレッシヴを紐解いていくと、ミュータンテス、オ・テルソ、カサ・ダス・マキナス、GG影響下の素晴らしいデヴュー作のテッレーノ・バルディオ、パトリック・モラーツとも交流のあったゾム・ノッゾ・デ・カーダ・ディア、ブラジルきっての繊細で研ぎ澄まされた知性の申し子故マルコ・アントニオ・アラウヨ…etc、etcと兎に角枚挙に暇が無い。

 フロイドの『原子心母』が世界中を席巻した、文字通りプログレッシヴ元年とも言っても過言では無い1970年、英米のロック&ポップスに触発されつつも自国のアイデンティティーとラテンのフレーバーが融合した様々な試みが世に送り出されたブラジリアン・ロック黎明期のさ中、前述のミュータンテスと同期バンドでありながらもワン・アンド・オンリーのたった一枚のみの類稀なる作品を遺してシーンの表舞台から去っていった、今回本篇の主人公でもあるモドゥロ1000(ミル)は、ほんの瞬く間の栄光と理不尽な抗議や誹謗中傷との狭間で自らの青春を謳歌し葛藤を繰り広げてきた、改めて思うに…その一種特異な音楽性がほんの少しだけ時代の先を行っていたが故、幸か不幸か登場するにはあまりにもやや時期尚早な存在だったのかもしれない。
 昨今熱狂と興奮、感動の三拍子で閉幕したリオ・オリンピック、そして何よりも大規模なサンバ・カーニバルで世界的にも名高いブラジル第二の巨大都市リオデジャネイロにて、画像ブラジリアン・ロック夜明け前の1969年4人の若者達によってモドゥロ1000は結成される。
 ちなみにモドゥロとは英語訳でモジュールの意である事を付け加えさせて頂きたい…。


       Luiz Paulo Simas:Key, Vo
       Eduardo Leal:B
       Daniel Cardona Romani:G, Vo
       Candinho:Ds


 バンド結成の経緯等にあっては(毎度の如く)残念ながら資料の乏しさに加えて知識不足で全くと言っていい位に解らずじまいではあるが、ある程度判明している点でバンドの音楽性に多大なる影響を受けた素養として、ツェッペリン始めサバス、ステッペン・ウルフ、ピンク・フロイド、クォーターマス、果ては同国のミュータンテスであるとの事。
 彼等ならではのヘヴィなファズギターとチープで無機質がかったオルガンで構成されたサウンドを何度も繰り返し聴く度に、サイケデリック、クラウトロック、アートロック、ヘヴィロック、スペースロック、トリップ、アシッド…等の様々なスタイルがあたかもゴッタ煮の如く内包している様は、同年代のブリティッシュ・アンダーグラウンドやアメリカン・サイケデリック、ジャーマン・サイケデリックをも凌駕し、南米の異国情緒とがコンバインした唯一無比の音楽世界は、ブラジル・ロックシーン黎明期の新たな方向性をも模索した特異な存在として、彼等が遺したアルバムが45年以上経った現在でもなおカルト的に賞賛されているというのも頷けよう。
 ちなみに彼等のアルバムタイトルでもある『Não Fale Com Paredes』を英訳すると“Don't Talk to Walls(壁に相談するな)”という、何ともアイロニカルで意味深なタイトルではなかろうか…。
 なるほどグレー一色の下地にSFムービー風なレタリングのみという至ってシンプルな意匠に、実は灰色の壁に見立てたジャケットに語りかけても無駄という深い意味が…実に何とも皮肉な洒落が効いているではないか(苦笑)。
 リリース当時のリアルタイムに彼等と同傾向の作品は数あれど、ここまでブッ飛んだ内容に匹敵する作品を挙げるとなると、私自身の乏しい知識で恐縮なれど日本ロック黎明期の傑作にして問題作のファーラウト或いはフードブレインと肩を並べる怪作ではなかろうか。

 オープニングを飾る1曲目から彼等の摩訶不思議で形容し難い、天からの啓示とおぼしきメッセージ性を孕んだ何とも奇ッ怪でミステリアスなメロディーラインが印象的ですらある。
 さながら“ラヴ&ピースでラリって決めてハイになって宇宙人と友達になろう”と言わんばかりな、宇宙との交信をも思わせるサイケでハッピーなカルトミュージック全開の様相を呈しており、イコライザー処理を施した無機質なヴォイスに、金属質でヘヴィなギターの残響、シンセサイザーやメロトロンを使う事無く、エフェクトを多用したハモンドオルガンのみでこれだけ神秘的でスペイシーな広がりを持たせた曲は他に類を見ない。
 さながらウルトラQの石坂浩二氏のナレーションの如く、これから30分間貴方の耳は貴方の心と身体を離れて不思議な時間と音楽の世界へと入っていくのですと言わんばかりである…。
                 
 初期のサバスに触発されたかの様なヘヴィで混沌としたエッセンスと、オープニングに引き続きスペイシーでトリッキーなサウンドとが違和感無く融合したアルバムタイトルでもある2曲目、ブリティッシュ・アンダーグラウンド然とした『神秘』期のフロイドにも相通ずる重々しくて陰鬱なヴィジョンを醸し出すアコギとウィスパー調なヴォイス、ややクラシカルな趣のハモンドにサイケデリックなギターが存分に堪能出来る“鏡”を意味する3曲目も実に素晴らしい。
                  
 初期のカンやクラウトロック風を思わせるメロディーラインに導かれ、チープでメカニカルなオルガンとギターが印象的なインストオンリーの4曲目はおよそ1分弱の小曲で終盤サイケデリックに破綻する展開には、当時のブラジリアン・ロック黎明期にこんな先鋭的な試みを演っていたバンドが存在していた事に改めて驚嘆の思いですらある。
 小曲を挟んで「目には目を、歯には歯を」の意の5曲目はやや呪術めいたイントロに導かれ、幾分攻撃的且つ挑発的なシチュエーションを湛えたミスティックでヘヴィなナンバー。
 兎にも角にもこのバンドあまりにも情報量というか引き出しが多過ぎて、様々な顔と側面をも垣間見せるから良い意味で実に困ったものである(苦笑)。
 6曲目はタイトル通り…地下鉄に揺られながらあたかも冥府へと続くような白昼夢を見せられるような心理状態をヘヴィ&サイケに謳った、イタリアン・ヘヴィプログレにも似通った邪悪でダークなイマジンが一瞬脳裏をよぎる。
 重々しいピアノをイントロダクションにLuiz Paulo Simasのキーボードソロが縦横無尽に繰り広げられるタイトル通りの7曲目の荘厳さは、1分半近い小曲と言えども70年代イタリアン・ロックとほぼ互角なダイナミズムとアーティスティックな感触をも禁じ得ない秀作。
 7曲目の余韻も冷め切らないまま、怒涛の如く雪崩れ込む8曲目にあっては英国ヴァーティゴ・オルガンロックカラー全開のヘヴィでブルーズィーなリリシズムと男性的な力強さとがせめぎ合う様は、最早ラテンミュージックのフレーバーすらも微塵に感じられないくらい完全ブリティッシュナイズに染まった彼等ならではの英米音楽への見事な回答と言っても差し支えはあるまい。
 ラスト9曲目はアシッドフォーク調で気だるさを帯びたアコギと中期クリムゾンのフリップ風エレクトリックギターとの応酬が絶妙な1分半超の小曲で、まさしく最後を締め括るに相応しい何ともほろ苦くて感傷的な余韻すら覚える実験色の濃いインストナンバーである。

 概ね32分近い収録時間ながらも、全曲共に甲乙付け難い粒揃いな好作品をリリースしブラジル国内においても精力的なギグを積み重ねてきた甲斐あってかなりの好感触で支持を受けていた彼等であったが、いかんせん海を越えたスペイン、ポルトガルでの音楽事情と同様に、ロックが市民権を得ていなかった当時に於いて、彼等の謳うあまりに不健全極まる歌詞の内容に当局から検閲やらクレームの横槍が入って、地方によってはレコード店から強制的に回収され発禁扱いになるという憂き目に遭っているから、この当時自らの言葉と歌詞で勝負していた(ジャンルを問わずに)アーティスト達にとってはかなり至難な時代だった事であろう…。
 そんな一部からの言われ無き理不尽な批判にもめげず彼等は精力的に活動を続け、1972年に解散するまでデヴュー時の強烈なまでの個性こそ薄まったものの、それに匹敵するくらいのサイケでポップでプログレがかったシングル曲に加えてブラジルの音楽誌ムジカ・ロコムンド主催のコンピレーション企画用に収録した計8曲のアンリリースドテイクを遺し、彼等はその短い活動期間に静かに幕を下ろす事となる。
 解散後のメンバーの動向と消息は現時点で分かっているところでは、キーボーダーのLuiz Paulo SimasとドラマーのCandinhoの両名は本格的プログレッシヴ・バンドのVIMANA(ヴィマナ)を結成し、以降も精力的に演奏活動を続けるも結局たった一枚も作品を遺す事無く1977年に敢え無く解散し、Luiz Paulo Simasは交流のあったオ・テルソ関連の作品に参加し、現在も映像メディア関連や演劇といった多彩なジャンルにて創作活動を継続中。
 ギタリストのDaniel Cardona RomaniとベースのEduardo Lealにあっては、72年のバンド解散以後の足取りが不明であったが、残念な事にDaniel Cardona Romaniは昨年4月に鬼籍の人となっているのが悔やまれる。
 モドゥロ1000の唯一作にあっても90年代末期まで様々なすったもんだでリイシューもままならない状態であったものの、時代の推移と共に誤った認識が改められ1998年に漸くCDリイシュー化される事で陽の目を見る事となった次第である。
 時代は21世紀に突入しても彼等の人気と評判はカルト並みに鰻上りとなって、遂にはジャーマン・サイケの本場ドイツから2004年にWORLD SOUNDレーベルを経由して、70年リリース時の三面開き変形アナログLP盤仕様を忠実に再現した紙製三面開き変形デジパックCD(ボーナストラック8曲収録)までもがリリースされ、6年後の2010年にはイギリスRPMレーベルからジャケットデザインを含め装いも新たにプラケース仕様ながらも、貴重な宣材向けライヴ写真と今は亡きギタリストのDaniel Cardona Romaniによる詳細なバイオグラフィーと解説等を網羅した豪華ブックレットが大いに話題を呼んだのは記憶に新しい。
 余談ながらも、デヴュー作に当たる三面開き変形アナログLP盤は現在もなおウルトラメガレアアイテム級に扱われており、一枚辺り何とン十万円もの破格なプレミアムが付けられているから最早カルトを通り越して驚愕そのものと言わざるを得ない…。
 80年代にブラジリアン・プログレッシヴが発掘認識され、21世紀の今もなおネオ・プログレッシヴの一端を担う新進気鋭が続々と輩出されている今日この頃、シンフォニック始めメロディック、プログメタル、ジャズロック…etc、etcと多岐に亘るが、ブラジリアン・プログレッシヴの今日があるのは、やはりモドゥロ1000を始めとする70年代初頭の黎明期が指し示した道程と指針があってこそと敬愛して止まない。
 あの70年代当時のモドゥロ1000の若い時分の彼等が切り開いた飽くなきパイオニア精神とたゆまぬ実験的な挑戦…そんな遥か昔への憧憬とリスペクトを、混迷たる21世紀の今日に再び新たな甦りの息吹きとして与えてくれる存在がいつの日にか巡って来る事を私は信じて止まない…。
 否!私自身…もう既に出会っているのかもしれないが。

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